- トップページ
- NEWS & TOPICS
- 「金山だより~金山からの小さな旅あるき~」89号発行されました!
NEWS & TOPICS
「金山だより~金山からの小さな旅あるき~」89号発行されました!
交通の要衝として、毎日たくさんの人々が行き交う金山駅。そんな金山駅周辺には、実はたくさんのみどころがあることを皆さんご存知でしたか?
金山の知られざる魅力を、金山観光案内所のスタッフが発掘してご紹介する、「金山だより」の89号が発行されました!金山観光案内所で配布していますので、みなさん是非手に取ってみてください!今回は清洲城から名古屋城へ武将たちが通った「美濃路」を紹介します。
交通の要衝として、毎日たくさんの人々が行き交う金山駅。そんな金山駅周辺には、実はたくさんのみどころがあることを皆さんご存知でしたか?
金山の知られざる魅力を、金山観光案内所のスタッフが発掘してご紹介する、「金山だより」の89号が発行されました!金山観光案内所で配布していますので、みなさん是非手に取ってみてください!今回は清洲城から名古屋城へ武将たちが通った「美濃路」を紹介します。
出世街道・美濃路
熱田、金山から名古屋、清須、稲沢、一宮、墨俣、大垣、垂井へと向かう道が美濃路(美濃街道)で、織田信長が桶狭間へ進軍、徳川家康が関ケ原の戦いで凱旋した道筋になり、出世街道あるいは吉例街道とよばれます。江戸時代に名古屋城の築城とともに清須から多くの人たちが移転した清須越しにより、名古屋の城下町ができ発展してきました。現在、清須の市街からは名古屋駅前の高層ビル群がよく見え、清須と名古屋は約12kmほどの道のりの中にいろいろな歴史がつまっています。
熱田、金山から名古屋、清須、稲沢、一宮、墨俣、大垣、垂井へと向かう道が美濃路(美濃街道)で、織田信長が桶狭間へ進軍、徳川家康が関ケ原の戦いで凱旋した道筋になり、出世街道あるいは吉例街道とよばれます。江戸時代に名古屋城の築城とともに清須から多くの人たちが移転した清須越しにより、名古屋の城下町ができ発展してきました。現在、清須の市街からは名古屋駅前の高層ビル群がよく見え、清須と名古屋は約12kmほどの道のりの中にいろいろな歴史がつまっています。
清須の町について
濃尾平野の中心に位置し、五条川や新川が流れており、かつて熱田の宮からは海産物が運ばれ、 津島や岩倉方面への交通の拠点として重要な町でした。その五条川のほとりに清洲城が築かれ、城下町が形成されました。清洲城へはJR東海道本線の清洲駅か名鉄本線の新清洲駅から徒歩で15分ほど、市街地には美濃路が通り、清洲公園には織田信長像があります。 織田信長は城から桶狭間へわずかの手勢とともに出陣し、途中、榎白山神社や熱田神宮に戦勝を祈願し、奇襲に成功したことはあまりにも有名です。
濃尾平野の中心に位置し、五条川や新川が流れており、かつて熱田の宮からは海産物が運ばれ、 津島や岩倉方面への交通の拠点として重要な町でした。その五条川のほとりに清洲城が築かれ、城下町が形成されました。清洲城へはJR東海道本線の清洲駅か名鉄本線の新清洲駅から徒歩で15分ほど、市街地には美濃路が通り、清洲公園には織田信長像があります。 織田信長は城から桶狭間へわずかの手勢とともに出陣し、途中、榎白山神社や熱田神宮に戦勝を祈願し、奇襲に成功したことはあまりにも有名です。
この他にこんな見どころがあります
◆日吉神社
三英傑に縁があり、清洲城下の総鎮守神として祀られ、災いを去る申の神社としても有名です。
◆日吉神社
三英傑に縁があり、清洲城下の総鎮守神として祀られ、災いを去る申の神社としても有名です。
◆西枇杷島問屋記念館
美濃路沿いにあり、青物の産地であったことから商いや暮らしの様子が展示されています。
◆西枇杷島問屋記念館
美濃路沿いにあり、青物の産地であったことから商いや暮らしの様子が展示されています。
続きは、金山観光案内所で「金山だより」を手に取って是非ご覧ください!! 歩く人 画像
-----------------------------
名古屋市金山観光案内所
時間:9:00~19:00(物販は9:00~17:00)
※1月2・3日は9:00~17:00
★金山観光案内所では、「金山だより」の専用ファイルを販売しています。毎月発行される「金山だより」をこのファイルに綴じて集めてくださいね!